猫街暮らしの詩人さん

猫街に暮らす詩人さんのひとりごと

2018-10-01から1ヶ月間の記事一覧

マンホールの蓋にたまった水滴のように

マンホールにたまった水滴のように ぼくらは不安の種を選り分けた そんなものは空に返してなかったことにすればいいのに 拾い集めてはなるほどスキャンダラスに彩るのだ 湯呑みにたまった茶渋のように ぼくらは不安の種を漁った そんなものは水に流して忘れ…

祈り

あなたの幸せが 猫のようにしなやかでありますように あなたの恋が 鳥のように力強く羽ばたきますように あなたの涙が 誰かの悲しみを癒すように あなたの笑顔がやがて太陽のように 誰かの花を咲かせますように

朝靄に溶けて

朝靄に昨夜の遠雷が溶けて 幾筋もの命と宇宙がつながるものだから きみを失ったことも 涙を枯らしたことも とりあえず横に置いて クッションに顔をうずめたんだ 金木犀の香りはずっとかすかになって 幾重もの次元を通り抜けるものだから きみが遺したものも …

形見

古いラジオは父の形見です ある著名人がなくなった時 ニュースで報じられたほどの珍しい病名で 少々ミーハーなところがあった父は ひそかに親しみを覚えていたそうですが なるほど報じられただけのことはあり なかなか治療が難しく ほどなくして父は逝きまし…

マーマレードといつか降る空-2

雲予報士になるずっと前 ごろんごろんした 大ぶりのみかんが出回る季節になると 果物屋さんでアルバイトをしてた その頃 みかんの蕾色の毛糸を買うのが楽しみだったんだ 編み物は好きなのだけど 早く完成形が見たくて 大急ぎで編みすすめてしまう それがいけ…

マーマレードといつか降る空-1

降るのは雨か雪ぐらいでしょう 時々それが塊のまま落ちてきたとしても 空から降ってきているだけで 空が降っているわけないじゃない そんなに簡単に“おしまい”がきて たまるものですか 果物屋さんは可笑しそうに空を眺めていましたが 真面目な顔でこう言いま…

店主のひとりごと〜トーザ・カロットの人々

店主ではなかった頃 わたしは毛糸の仕入れをしていました いずれ剥がれ落ちるであろう空のもと 宇宙猫たちに手ほどきをうけながら 少しずつ色のことを学んでいったのです 雪色に染める時に使う花のこと 闇色の糸を扱う時の心構え 空のかけらの保存方法 そう…

11月の猫ふくふくと

11月の猫ふくふくと やわらかな時間を運ぶ 11月の猫いそいそと 胸元にすべりこむ 11月の猫てくてくと やわらかな陽射しを歩く 11月の猫てくてくと 詩人と歩む

雲の予報

午後から急に風が強まり 海に空のかけらがパラパラと降る模様です 水の青が濃くなったり 赤く輝いて熱くなることが予想されます 明日の昼ごろまでは 海に近づかないようにしてください 繰り返します… もう一度ゆっくり読みあげてから 雲予報士の男性はカフを…

幽閉

壺の中の人魚 干上がりそうな海で 僕に拾われた 壺の中の人魚 食べもせず眠りもせず 僕に拾われた 壺の中の人魚 恋もせず歌いもせず 僕と過ごした 壺の中の人魚 過去と未来をあぶくに変えて 僕を閉じ込めた 干上がっていても ふるさとが忘れられないからと …

崩壊

変動するトレモロだと笑ったのは 僕の知らない誰かだろうか 雲行きのクレシェンドなど馴れ合いのようで 持続する色彩のない風は ふたりを結ぶこともなく 日々が崩壊する 変動するトレモロだと泣いたのは 君の知らない誰かだろうか ディミヌエンドする世界の…

空が落ちた日のように

ぼくがまだ自分を知らなかった頃 あなたは輝きすぎていて ぼくは嫉妬することしかできなかった ぼくがまだ自分しか知らなかった頃 あなたはずっと先を歩いていて ぼくは胸をかきむしるしかなかった ぼくがようやく自分の取説を見つけた頃 あなたはまだ隣にい…

夢から醒めて

夢から醒めて それだけで あたしはバカみたいに安堵するまだこの足が星の上に立っているそのことに全身全霊で安堵する眠っていただけだとかすかな焦りを感じながらそれでも安堵する まだこの命が星に食べ尽くされてはいないと全身全霊で安堵する

やめてしまえば

やめてしまえば 手放してしまえば 上書きすれば 知らん顔すれば 思い出さなければ 楽になれる それでも毎朝探すのは きみの星座のラッキーアイテム 恋を やめてしまえば 手放してしまえば 上書きすれば 知らん顔すれば 思い出さなければ 楽になれる それでも…

変遷

あたしとあなたはよく似ていて 違いを発見するのが楽しかった あたしにとってあなたはとても近すぎて 嫉妬すら思いつかなかった あたしにとってあなたは時々遠すぎて 不安すら普段ごとだった あたしにとってあなたはただの隣人で 挨拶だけをかわしてた あた…

1日限定

“1日だけ” そんな約束で 猫と入れ替わりました もともとこちらも猫みたいな 一人上手 猫は猫で 人の言葉をよく理解し 散歩も好きで家にいるのも好き どこか番犬のようです “1日だけ” たまにはそれもよかろうと 快諾したのです それなら例えば 日頃の睡眠不足…

空と吾子

残りの鼓動

残りの鼓動を全て数えあげたら ましな気分になるかしら それとも 何も知らずにいるほうが happyで過ごせるかしら 滅びまでの日数も 次に会うまでの約束も どちらがどう大事なのか もうわからなくなってしまってね 残りの鼓動を全て数えあげたら 素敵な気分に…

きみの顔も見えないぐらい雨が降った秋の夕方

きみの顔も見えないぐらい 雨が降った秋の夕方 それは突然やってきた 鼓膜が裂けそうな沈黙と 網膜が破れそうな暗闇を それでも愛おしいと思ったのは どこかに懐かしさを含んでいたからで やり直せないのは百も承知 くだらない噂とフェイクニュースに明け暮…

ふたり

すべりこみセーフの朝でも こないよりマシだ きみはそう言ってうまそうに 味噌汁をぐいっと飲んだ 空は今日もどこかの街へ降り注ぐ そのおかげで暮らしていけるのは複雑だと 雲予報士の夫は珍しくこぼす だからこそ おしまいがくるまでは とどまらなければ …

まだ天気予報があった頃のこと

とっても昔のそのまた昔の物語 まだ天気予報があった頃のこと 人々は空を見上げるかわりに てのひらの小さな画面にあらわれる 絵空事に近い噂を頑なに信じていて その通りにならなかったり あるいは そんなに大したことではないと知るたびに ずいぶんとイラ…

毛糸玉ひとつ

毛糸玉ひとつあの子が買った 毛糸玉ふたつあの子が抱いた 毛糸玉みっつあの子と空の 毛糸玉よっつまんまる目だま 毛糸玉いつつ声を合わせて 毛糸玉むっつ猫と歌おう 毛糸玉ななつ星が燃えた 毛糸玉やっつ夜だけの季節 毛糸玉ここのつ祈りはどこに

詩人屋さんと編み物

栗を入れたまあるいパンを お友だちに届けて ありがとうを交換しあって また ぱたぱたと帰ってきました 出かける前に詩人屋さんは ささやかな物語をひとつ書き上げて 寝かせておいたのです 編み上げた言葉たちが 体からも心からも抜け落ちていれば ちゃんと“…

水が近くて

風が吹いて あなたはそこにいなかった 風が吹いて わたしはそこにいなかった 雷が鳴って あなたはどこかに隠れてた 雷が鳴って わたしはおろおろした 水が近くて あなたは「星が壊れそうだね」と言った 水が近くて わたしは背中の毛を逆立てた

痛みを知る人

“痛みを知るから優しい”ではなく 痛みを知ろうとするから あたたかくまあるくなっていく 心はそう信じたがってるのに 哀しみに身をまかせるのは いつでもいいじゃないかと 理性が意地悪く笑って きみの思い出を遠ざけてしまう 雨が溶かした恋なんて ため息ひ…

詩人屋さんと丸いパン

ティペットの試し編みが ことのほかうまくいきました 毛糸玉の奏でるサラサラ崩れるような音は やがて外の雨にかき消されていきます 詩人屋さんは本物の猫みたいに むーん!と上を向いて ゴロゴロ喉を鳴らしました そして匂いのしない石けんを選んで よぉ〜…

だったら捨ててしまいなさい

見飽きた朝が 初めての顔して訪れる 風も光も君の声も ふだん使いの少しくたびれたシャツも ひとつとして繰り返されることはなく すっかり見飽きた輪廻の途中を 初めての顔して訪れる だったら 歯切れの悪い哲学なんぞ いっそ捨ててしまいなさい 恋してる間は

会話

お腹が空いたと心が言うので 恋でもすればとから揚げかじる 虚ろなままだと心が言うので 歌でも聴けばとイヤホンつける 消えてしまうと心が言うので 旅でもすればと涙をこぼす

泥濘から

あたしは泥濘から身を乗り出して あなたに悪態をつく 優しかったふたりの光景を もう思い出せない 花が散るように言葉も散って ほの明るい笑みは罪つくりだと せめてこの泥濘に ふたり沈んでしまえたら 綺麗事など手放したまま あたしは泥濘から身を乗り出し…

白い月を探す朝

言葉にした瞬間に 嘘が滴り始めるから ふたりの熱が消えるまで 白い月を探す朝 あたしは 少し深く爪を切り 誰も傷つけない方法を 探すそぶり ふたりでいても ひとりでいても 孤独の温度にさしたる違いはなく ただ 夜の長さが変わっただけだった 言葉にした瞬…