猫街暮らしの詩人さん

猫街に暮らす詩人さんのひとりごと

雲の予報

午後から急に風が強まり

海に空のかけらがパラパラと降る模様です

水の青が濃くなったり

赤く輝いて熱くなることが予想されます

明日の昼ごろまでは

海に近づかないようにしてください

繰り返します…

 

もう一度ゆっくり読みあげてから

雲予報士の男性はカフを下げました

タイミングよく静かなジャズが流れ始め

今日のラジオの仕事はおしまいです

あとは

いつものように空がはがれかけた場所と

雲の数を確認する

被害があれば報告する

そんなこまごました仕事が待っているのでした

 

スタジオをあとにしながらなんとなく

雲予報士の男性は

妻のことを思っていました

 

妻である女性とは

雲予報士になりたての年に

出会いました

職場では先輩にあたります

 

厳しくあたたかな指導のおかげで

足りなかったことや

自分の強みに気づかされた男性は

感謝とともに

少しずつ先輩に魅かれていったのです

 

先輩は恋人と別れたばかりで

誰かを好きになるなんてもうたくさん!と笑っていました

 

あるとき

深夜の“空降り”に備えて

宿直することになったのです

先輩はラジオ用の原稿を作成し

男性は人らの不安が和らぐような音楽を選び

今日のように落ち着いた口調で

雲の予報をラジオスタジオで読みあげました

 

夜中

予報通りに激しく空が降りました

何も知らない人らが見れば

流れ星とでも思うでしょうか

 

一筋二筋だったものが

やがて激しい雨のように熱を帯びて降るのを

男性と先輩は肩を並べて見ていたのでした

 

雲なんて数えられなければよかった

空が降るなんて知らずにいたかった

 

もっと親しくなった頃

先輩は泣きながら男性に打ち明けました

それは男性も同じです

誰が好き好んで絶望をばら撒きたいものか

“おしまい”を知りたいものか

人知れず悩んでいたのでした

 

それでも誰かが伝えていかなければ

なじられても

誹られても

“おしまい”は変えられないということを

 

雲予報士の男性と先輩は

何度となくそんな話をしました

やがてどちらからともなく

ふたりでいたいねということになったのです