猫街暮らしの詩人さん

猫街に暮らす詩人さんのひとりごと

静かな雨の約束-3〜トーザ・カロットの人々

ひとには強すぎるから、と

猫そっくりの毛糸屋さんの店主は

“おしまいのミルク”と蜂蜜と氷を

口当たりよく混ぜた飲み物を作り

香りづけ程度にマタタビ酒を注いでくれる

 

先輩風を吹かすわけでもなく

後輩だからと寂しくなるわけでもなく

僕たち夫婦はそれなりに日々を重ねて

ケンカなんてしたことなかったのに

 

お酒のせいかいつもより尖った単語が

舌を満たした

 

「結婚は間違いだったと思っているのですか」

 

マタタビ酒をロックでチビリチビリやりながら

店主が呟いた

 

「猫たちはひとのように暮らしてはいても

そもそも結婚という概念のない者が多いのですよ」

 

ひとは様々に

時には自分自身に

縛られてしまうのだと

毛糸屋さんの店主は続けた

 

「時間には誰も太刀打ちできないでしょう?

そういうことなのです」

 

猫そっくりの店主が

妻の資質をいち早く見抜いていたことも

毛糸屋の店番をさせて

いろいろな命の存在をそれとなく

教えていたことも

僕がそこにいなかった時間に対して

嫉妬を覚えたところで

仕方がないのだ

 

PCを借りて

職場にいる妻に短いメールを送る

 

毛糸屋さんと呑んでるからあなたもおいでよ

やったね♩じゃ、あとで

 

返事はすぐに届き

思い出したようにもう1通

 

ごめんね、ありがとう

 

静かな雨の約束の日は

ゆっくりと紡がれて

トーザ・カロット岬には

今日もやむことのない風が吹いている