猫街暮らしの詩人さん

猫街に暮らす詩人さんのひとりごと

トーザ・カロット岬の毛糸屋さん〜あの日手放したのは#3

トーザ・カロットの岬に

大粒の涙みたいな雨が降っています

こんな日は窪みに住む幼なじみが

ひょっこり顔を見せるのですが

“そろそろ冷凍庫を整えないといけなくてねぇ”

そんな連絡をもらったばかり


午前中は雨よけの服に包まれたお客さまがひとり

カーディガンの編み方を習うついでに

色合わせの話などで

店主とひとしきり盛り上がっておりました


お客さまを見送って

お昼の休憩が終わって

猫そっくりの店主はふと

今までに手放したものたち

今までにもらったものたち

結局は同じくらい素敵だったと

思い起こしていました


後悔も希望もまあるい両手に余るぐらいに

ふわふわキラキラと立ちのぼる…


ご無沙汰してます

何が立ちのぼるんだって?


頑丈そうな傘を用心深く傘立てに落ち着かせつつ

店主に声をかけたのは

“あの日手放したのは”がお店に並ぶのを

それはそれは楽しみにしていたお客さまです


孫が雲予報の修行で今日は泊まりなのでね

毛糸を見せてもらうついでに

ゆっくり話せないかと思ってね

キンキンに冷えた水を持ってきたよ


確かに

この雨ではもうどなたもお見えにならないでしょう

レジをしめてまいりますので

どうぞ奥でお待ちを


ありがとう、とお客さまは

慣れた様子で店の奥へと姿を消しました


猫そっくりの店主は

“本日は閉店しました”のプレートを

遠くからよく見えるようにお店の内側に吊るし

青い毛糸玉たちに声をかけながら

だいじにだいじにひと玉ひと玉

雨でも濡れたりかさばったりしないように

ラッピングしました


そして

レジ周りをさささ

と片付けて

尻尾をゆらゆらさせながら

店の奥へ消えました


トーザ・カロット岬には

大粒の涙みたいな雨が降っていて

今日も何かを思い出させるような強い風が

びゅうびゅうと吹いているのです