猫街暮らしの詩人さん

猫街に暮らす詩人さんのひとりごと

トーザ・カロット岬の毛糸屋さん〜あの日手放したのは#2

“あの日手放したのは”をすっかり並べ終わって

お客さまもすっかりいなくなって

お店の奥ではバニラのようなコーヒーのような

ほろ苦い香りが漂っています


猫そっくりの店主はアイスミルク

雲予報士の卵は濃いコーヒー

彼女はよく覚えてないようですが

ほんのおチビの頃から

岬の毛糸屋さんには親に連れられて

通っていたのでした


空が落ちるなんて誰も信じてくれなくて


つぶやいて

彼女は泣きそうな顔になりました


どんな星にもいずれ空は降りしきる

早いか遅いかという違いはありますが

星も生き物なのだから当然のことです


猫そっくりの店主は

本当の猫みたいにイカ耳になりました


好きな人を守りたいのはわがままだと?


猫そっくりの店主はそれを聞いて

言葉を探していましたが

耳を戻して瞳をちょっとだけ細くしました

そしてこんなことを言いました


全てを守ることは難しい

近しい人を守ることさえ困難なときがくるでしょう

わがままな気持ちが必要になることもあるが

邪魔になることもあります

編み物と同じなのですよ


主は

また謎解きみたいなことをおっしゃるんですね

でも

誰にも話せずにいたので

なんだか元気になりました

ミルクをごちそうさまでした

また寄ります


雲予報士修行中の元見習いは

いくらか明るい顔になって

帰っていきました


猫そっくりの店主は

尻尾をゆらゆらさせて見送ると

青い毛糸玉たちに声をかけました

すると

眠りこんでいた毛糸玉たちから一斉に

「ふっわわー」と音霊がたちのぼり

レジのあたりまでほんのり空の色になりました


トーザ・カロットの岬には

今日も涙を連れ去ってくれる強い風が

びゅうびゅうと吹いているのです