猫街暮らしの詩人さん

猫街に暮らす詩人さんのひとりごと

トーザ・カロット岬の毛糸屋さん-12

10月の半ばを過ぎる頃

トーザ・カロット岬の毛糸屋さんでは

小さな小さなワークショップが催されます


と言っても

編み方のお話だけでなく

闇色の毛糸で編んだ帽子を

かぶる時の心構えとか

みかんの蕾色の毛糸の

誰も知らない秘密だとか


時には

噂にもならないほどの

遠くの青い星の昔話とか


お父さんにもお母さんにも先生にも

毎日会ってる友達にだって

今まで言えなかった

どろりとした胸の奥の塊とか


猫そっくりの店主が

まあるい手で大事そうに淹れてくれる

美味しいコーヒーをいただきながら

なんでもないことのように

おしゃべりするだけなのです


みかんの蕾の色した毛糸で

コースターを編みたいな

それともセーターの差し色にしようかな


帽子が似合ってるねって

恥ずかしそうに声をかけてくれた

あの子も

今日は休校になったから

お店に来るらしいって


そんな他愛のないことを

猫そっくりの店主は目をまん丸にして

楽しそうに聞いています


風が一瞬強めにびゅうと吹きました

店主は

キンキンに冷えた自分のグラスを置くと

耳をぴっと動かして

しっぽをゆらゆらさせました


待ち人だよ


そう言うと

猫そっくりの店主は

新しいお客さまを迎えに席を立ちました


トーザ・カロット岬には

今日もびゅうびゅうと

悲しみを追い払うような強い風が

吹いているのです