ヘリコプターが怖かった。
まだ学校にもあがらない頃だったろうか。とても低く飛んでいるのか、モーター音が近く迫り、母の手を引っ張って「逃げようよ」と言った。
落ちかかる火の粉、そんな幻影をかすかに覚えている。
轟音が通り過ぎた。何事も起こらなかった。
「帰りましょ」
我が子の恐怖に気づいたか気づかぬか、母はそうっと握り返してくれた。
ヘリコプターの機影はどんどん豆粒のように縮まり、音がまだその場を満たしている。
ヘリコプターが怖かった。
轟音が通り過ぎてもなお、怖かった。