初日の出を拝む意味を
知識として教わったのは
親からではなかった
「昨日と同じ太陽を見てるだけ」
「日の出は明日見てもおんなじよ」
という超現実主義者たちなので
学校だったか友達だったか
ともかく
まあまあ大きくなって反抗心も芽生えようかと
そんな時分であった
厳格すぎる家庭と
さも幸せそうな(に見える)家族と
比べても意味などないのに
不幸の数え方だけは妙に長けた子ども時代だった
ただし
初日の出に出会っても出会えなくても
夏頃には曖昧な記憶になっているので
今となってはどうということもなく
新年であろうと年末であろうと
過ごしたいように過ごせればよいのだと
考えるようになったのである
無理やり言い聞かせずとも
幾度も繰り返さずとも
自己暗示をかけなくても
幸せはそこかしこに
満ちていて
かくれんぼが大変巧い連中だ
痛快じゃあないか