猫街暮らしの詩人さん

猫街に暮らす詩人さんのひとりごと

トーザ・カロット岬の毛糸屋さん-9

コーヒーメーカーが

コポコポと音をたてています


毛糸屋さんの店主ときたら

それはそれは猫舌で

ふだんは冷たいお水が好きなのです

だけど

この島の短い夏が終わりかけの頃には

お店の奥で

愛おしそうにコーヒー豆を選び

まあるい手で用心深く

コーヒーメーカにセットする

そんな姿を

運がよければ見ることができるとか


猫そっくりの店主は

宇宙語をそんなに話せません

毛糸を仕入れに行く時は

翻訳機が欠かせなくて

今も代々伝わる宇宙語の辞書を

大事に大事に使っています


宇宙語を話す猫たちの中には

猫舌ではない者もおりまして

あるときから

ホットコーヒーとよくよく冷えたお水が

商談のテーブルに

なかよく並ぶようになりました


「あした、あなたの淹れたコーヒーを久しぶりに飲みたい

お水の冷たい、たっぷり飲ませる」


短いメールが届きました

人の言葉を話す店主にわかる言葉で

それが昨日

毛糸を見に来ませんか?という

仕事仲間からのお誘い


「あったかいコーヒーをポットに入れてお持ちします

冷たいお水、楽しみです」


宇宙語の辞書と首っ引きで

何度も何度も確かめて

猫そっくりの店主も短いメールを

ようやっと書き終わって

送信ボタンを押しました


さあ

そろそろ約束の時間です


まあるい手で大事そうにポットを抱え

背中には毛糸玉を入れるためのリュックを背負い

店先の「臨時休業」の案内プレートを

もう一度確かめると

毛糸屋さんの店主は尻尾をゆらゆらさせながら

出かけて行きました


トーザ・カロット岬には

きょうもびゅうびゅうと

かすかにコーヒーの香りがとけこんだ風が吹いているのです